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宮本美智子

阿部進 著「三一新書 癌からの生還―M式免疫療法の秘密」(三一書房、1997年10月31日 第1版第1刷)より

あとがき
(略)
M先生、M診療所としたのは、私の勝手だったのです。大阪市天王寺区のJR寺田町から歩いて一〜二分の診療所といえばM診療所しかありません。カンバンが出ていますから「Mとはこれか」と大阪の方ならすぐ判ります。 (略)
「宮本美智子さんの件は書かないのですか」とある方に聞かれました。M先生の指導のもとに『世にもすてきなダイエット』(講談社刊)を書き、急に亡くなられたのは、M式食事法に責任があるのではないか」というお手紙や一部マスコミ誌に書かれました。いずれそのいきさつ(M先生に紹介したのは阿部進氏とマスコミ誌に書かれています)は書くつもりです。実際は「医者は治療、患者は食事養生、合わせて一つ。食事だけの方法ではない」ものが、「食事=ダイエット法」へ一人歩きしてしまったのです。
(略)

宮本美智子 文、永沢まこと 絵「世にも美しいダイエット カラダ革命の本」(講談社、1996年3月28日 第1刷)より

作家 1945年北海道生まれ。北星学園大学英文科卒業後、渡米してゴーシェン大学に留学。その後、ニューヨークのソーホーに17年間在住し、ニューミュージアム、イタリア系画廊で美術のプロデュースをてがけながら、執筆活動を始める。'86年に本拠を東京に移し、現在にいたる。『愛のはてに』(文芸春秋)、『アメリカが嫌いだった父へ』『イタリアの幸せなキッチン』(以上、草思社)など。

おことわり
この本は著者が実際に体験したことにもとづくノンフィクションであることをおことわりいたします。また、食餌療法は、その人の体質や体調など身体の状態によって厳密にはちがってきます。持病をお持ちの方、あるいは体調が悪い方、病気ではないかと思われる方は、医師に相談してからにしてください。万が一支障が起きた場合の責任は負いかねます。

M先生に聞く
(略)
宮本「とにかく私、今はもう血糖値一筋です(笑)。これ、今の日本では異端です。だって普通、血糖値って糖尿病でもない限り、あるいは120以上ないとだれも気にもしませんから」
(略)
M先生「ぼくはね、今は毎日、家内と水泳。その昔はスケート、さらに若いときはヨガやってたの。インドでヨガ学んで帰国した中村天風先生からの直伝よ。家内は三十年の修行を積んでいてね。ぼくより上なの。だから家内がぼくに苦言を呈したいときはね、ぼくに言わないで子供にワーワーワーって言わすことできる(笑)。こっちもある程度修行積んでるからね、アッ、家内が言わせてるなってわかってしまうのよ(笑)。以心伝心って言うでしょう?ヨガやると、けっこう超能力が身につく。ヨガは呼吸法なんだね。横隔膜の運動なの。だから呼吸をちゃんとやるとやせます。ぼくがいつも患者さんに言っている、歩きなさいというのはそのためなんです。歩くってのは、瞑想することなんです」
(略)
宮本「先生、もしも、もしもですよ、先生がご引退なさったら、そのときは読者にM先生の本名明かしてしまっていいですか?」
M先生「ぼくの本名? ははは、そらいいけどね、でも、マスコミの取材だけは嫌よ。お断りしてくださいよ。家内の心の平和のためにも、静かに暮らしたいのでね。」

宮本美智子 文、永沢まこと 絵「イタリアの幸せなキッチン」(草思社、1996年2月20日 第5刷)より

作家 北海道富良野市に生まれる。北星学園大学英文科卒。68年に渡米してゴーシェン大学留学。その後ニューヨークのソーホーに在住、現代美術のキュレーター及びニュースクール大学の講師を経て、現在は東京に在住。ヨーロッパとの往復を続けながら執筆活動をおこなっている。[主な著書]『アメリカが嫌いだった父へ』『アメリカの恋人』『イタリア・トスカーナの優雅な食卓』(草思社)『愛のはてに』(文藝春秋)『世にも美しいダイエット』(講談社)など。

宮本美智子 文、永沢まこと 絵「世にも美しいダイエット」(講談社、1994年10月13日 第5刷)より

作家 1945年北海道生まれ。北星学園大学英文科卒業後、渡米してゴーシェン大学に留学。その後、ニューヨークのソーホーに17年間在住し、ニューミュージアム、イタリア系画廊で美術のプロデュースをてがけながら、執筆活動を始める。'86年に本拠を東京に移し、現在にいたる。主な著書に、『愛のはてに』(文藝春秋)、『アメリカが嫌いだった父へ』『イタリア・トスカーナの優雅な食卓』(以上、草思社)、など。

(略)
ところで、前述の阿部進さんが主宰する任意団体「樹の会」では、深刻な病気の方でM先生の診察を受けたい方の相談を受けています。(略)

本書は、『FRaU』1993年4月27日号から1994年4月26日号までに連載されたものに、加筆訂正し、まとめたものです。

あとがき
(略)
M先生は、1916年のお生まれですから今年78歳になりますが、私は彼の溌剌とした笑顔、そして明快で曇りのない知性に触れたとき、この人に懸けてもいいなと思ったのです。この先生の言うことなら、試してみる価値があるだろうと。
(略)
ここで、M先生についてすこしだけ触れておきます。M先生は、大阪大学医学部で学び、脳外科をご専門とし、「神経細胞の陽電極被刺激性」をテーマとした論文で学位を取られた医学博士であります。この分野で、長年研究をされてきましたが、あるとき、抗原抗体反応が、人類にとって特有の難病の原因だと気づき、ご自身のカラダを実験台に治療法を試み、今日まで38年間にわたって患者さんの治療にあたってきました。人間の抗原抗体反応はとくに進んでいて、しかも従来の研究が動物実験が主体であったため未開発の分野でありました。この、未開発分野である抗原抗体反応が原因となって起こる難病は多く、厚生省指定の難病三十種類のうち、先天性のものをのぞいても、半分もあるのだそうです。
たとえば、膠原病がそのひとつです。現在、こういった病気治療には、副腎皮質ホルモンを使うようですが、免疫反応が低下するという副作用がつきまとい、ウイルスや細菌が侵入すると危険です。
ところが、M先生はこのホルモンを一切使わずに、治療します。膠原病に限りません。重症の糖尿病も末期癌も心臓病もアトピーも、ほとんどの病気にこの治療を応用しています。
この四年間、私は診察室で、M先生が毎日70人近い患者さんに直接あい、治療にあたるのを見てきました。いくつもの癌宣告も見聞きし、しかもその方たちの回復と全治の経過を見てきました。
この本で私が紹介してきた食事は、まえがきにも書いたように、M先生が患者さんに指導している治療の理論に基づき、私が、海外生活で得た知識を折りこみながら応用工夫したものです。先生の患者さんは、ここに紹介された食事よりも厳格な食事制限を守っていますが、原則はまったく同じです。M先生の病気治療の方法は、腸のなかでたんぱく質を腐らせないこと、ひいては腐ったものが血液のなかに流れださないようにすること、そのために、まずは食事を変えることなのです。(略)
雑誌連載中に、ある食品業界の団体から編集部あてに、私が特定の食品をとらないように書いていること、あるいはカラダへの害について云々しているということで抗議を受けました。この食事が、いままでの常識をことごとくくつがえすものである点から、今後もさまざまな批判や反論があることでしょうが、私自身は、これを四年間にわたり、家族ともども実践し、体験した上での報告をしているにすぎません。従って、食事の内容に関する批判や反論はオープンに耳を傾けていくつもりではありますが、右記のような業界の利害がからむ抗議を受けるわけにはいきません。
(略)
最後に、M先生と診療所のスタッフの皆さんに、心よりの感謝を捧げます。
1994年4月 宮本美智子

宮本美智子 著「文春文庫 アメリカが嫌いだった父へ」(文藝春秋、1985年9月25日 第1刷)より

昭和20(1945)年、北海道富良野に生まれる。北星学園大学英文科卒。43年に渡米、ゴーシェン大学院に留学。その後、ニューヨークのソーホーに在住。「ザ・ニュー・ミュージアム」国際部長を経て、現在、M&M ARTS MANAGEMENTのディレクターとして、ニューヨーク、東京などで美術展の企画、開催に活躍中。アメリカの週刊誌『ニューヨーク』などに寄稿している。
主な著書に『ニューヨーク人間図鑑』(永沢まこと氏と共著)、『ニューヨーク・エスニック図鑑』、『ニューヨークの作家たち』などがある。