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震哉の辛口食養論 連載第23回 モヤシが歴史を変える
食生態学研究所所長 西丸震哉
<プロフィール>
1923年東京都生まれ。農林水産省に入省後、食品総合研究所官能検査室長を経、'80年に自主退官。
ニューギニア、アラスカなど世界の秘境を調査。それを機に「食」を中心にした人間の行動様式を研究、食生態学を確立。
第16回自然医学国際シンポジウムで「常識になっている問題の間違い」と題し講演。「41歳寿命説」等著書多数。
1923年東京生まれ。東京水産大卒。農林水産省食品総合研究所・栄養科学研究室長などを経て、1980年自主退官。現在、食生態学研究所所長。
台湾山脈、ニューギニア、アマゾン、アラスカ、南北両極圏など世界の秘境を踏破。それらの調査から「食」を通じて人間の行動様式を研究する「食生態学」を確立する。科学、医学、天文など幅広い分野に精通し、現代人の生き方や環境問題などにも鋭い警鐘を鳴らし続けている。
著書は、『41歳寿命説』『人生密度7年説』(情報センター出版局)、『西丸震哉の日本百山』(実業之日本社)、『知らずに生きたかった 滅びの大予言』(三五館)、『机上登山』(博品社)など多数。
人類が滅びる前に原始感覚を取り戻せ
食生態学者 西丸震哉 インタビュー
取材・文 平野勝巳
にしまる・しんや
1923年、東京都生まれ。東京水産大学を卒業後、農林省に入り、食品総合研究所官能検査室長を経て80年に自主退官。現在は食生態学研究所所長。農林省時代に、人間と食べ物との原初的な関係を研究テーマにし、アラスカ、南極、奥アマゾン、インド奥地、ニューギニアなどの秘境を踏査。その体験と研究から、日本人の生活環境が昭和34年に急変したことを指摘、同年以降に生まれた人たちだけで構成される時代になったときに、日本人の平均寿命は41歳になると結論づけた「41歳寿命説」(1990年、情報センター出版局)はセンセーションを巻き起こした。その後も食糧問題、環境問題を中心に警鐘を鳴らしつづけているが、近著「滅びの大予言」(三五館)では「人類滅亡まで、長くてあと40年」という究極のペシミズムを開陳し、再び話題を呼んでいる。
1923(大正12)年9月1日、東京都生まれ。東京水産大学卒業後、農林水産省に入省。食品総合研究所官能検査室長ながら、官僚と政治家の場あたり的な食糧政策に疑問を呈し、1980年に自主退官。
ニューギニア、インド、アラスカへの探検調査をきっかけに「食生態学」を確立、現代人の食・環境・行動に鋭い警鐘を鳴らし続けている。食生態学研究所所長。著書に『41歳寿命説』『西丸震哉の日本百山』など多数。
未来を正しく想定する─これが、私の予言だ
私の知っている限りでは、過去に予言者といえる超能力者は数えるほどしかいない。
釈迦、キリスト、ヨハネ、ノストラダムス、出口王仁三郎くらいのものか。
現時点で、この種の超能力者はどこにもいない。オレがそうだという連中はすべてマヤカシの詐欺師だと断言してもいいくらいで、宗教家だの教祖だのと称していても、人心を迷わせる犯罪者でしかない。
直感かなにかで未来が見えたり感じたりできる能力があってもいいが、出現する確率は数十億人に一人くらいのものらしい。
(略)
第六章 不思議現象にもヒントはある
53 宇宙に移住すればいいというのは、愚かな発想だ
かなり以前だが、幸いなことに私はUFOを見た。北アルプスを望む北信(長野県北部)の私の山荘で西の空を見ながら「UFOよ、いいかげんなところに出たりしないで、まじめに考えている俺の前に出たらどうだ」とテレパシーを込めて言った。そしたら、夕焼けの明るい空に、橙色の大きなUFOが出て、太陽の沈む方向だからバックが明るいのに、それよりももっと明るくクッキリとしていた。すぐ家内を呼んで二人で見ていた。そしたら、北アルプスの稜線の向こう側にすーっと降りていった。
家からアルプスの稜線までの距離は約二三キロある。私の計算ではUFOを斜めに見ていて約350メートル、真横から見れば900メートルくらいだろう。その本体から光を放っている。UFOの母船らしい。
北アルプスの針の木小屋に泊まったとき、たまたまそのUFOの話をした、山小屋の主人は「そんなの毎日見える。うちの外にある便所からよく見える」と言った。黒部川の川岸の、どこからも見えないところに降りていくんではないか。
(略)
1923年、東京生まれ。
食生態学者、登山家、探検家。
東京水産大学山岳部の創設者。1980年、農林水産省食品総合研究所官能検査研究室長を辞した後、食生態学研究所長として人間の正しい生存路線を探り続ける。登山は1936年より始める。ガダルカナル、ニューギニア、アラスカ等の遠征や、画家、作曲家、SF作家としての活動も。日本熱帯医学協会顧問、日本極地研究会、日本旅行作家協会理事。著書は『食生態学入門』『未知への足入れ』『山とお化けと自然界』『山歩き山暮らし』『山の博物誌』『イバルナ人間』『41歳寿命説』『ニチャベッタ姫物語』など多数。
大正12年、東京生まれ。東京水産大学卒業。昭和55年、農林水産省食品総合研究所を退官し、現在はフリーで活躍中。専門は食生態学だが、探検家・画家・作曲家・SF作家と、その活動は幅広い。
著書に、『山の博物誌』『動物紳士録』『食べ過ぎて滅びる文明』『食生態学入門』『西丸式山遊記』ほか多数。
1923年生まれ。農林水産省食品総合研究所退官後、フリーとなる。食生態学者であるが、探検家、画家、作曲家、SF作家と、その活躍は幅広い分野にわたる。著書は「食生態学入門」(角川選書)「食べ過ぎて滅びる文明」(角川文庫)など多数。
大正12年(1923)、関東大震災と同時に東京で生まれる。東京水産大学卒業。昭和55年4月1日、農林水産省食品綜合研究所官能検査研究室長を辞す。食物と人間に関わるあらゆることを研究し、人間の正しい生存路線を見出そうとする食生態学者としての本職のほか、昭和11年よりはじめた山登り、ガダルカナル・ニューギニア・アラスカ等の遠征でしられる探検家、画家あるいは作曲家、時にはSF作家などなど、まだまだ増えそうな勢いである。日本熱帯医学協会顧問、日本極地研究会、東京ユースホステル協会理事、大学講師の肩書もある。著書は、「未知への足入れ」「山歩き山暮し」「食物の生態誌」「山だ原始人だ幽霊だ」「動物紳士録」「ネコと魚との出会い」など多数。