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長友明美(ながとも あけみ)

長友明美 著「末期ガンからの生還―過ぎてみれば愛だった。」(コスモトゥーワン;文園社〔発売〕、1992年2月26日 第1刷)より

1948年、山梨県甲府市に生まれる。68年甲府湯田高等学校卒業。75年、長友清治と結婚。79年西アフリカ、シエラレオネに渡り、宣教師の夫の手助けをする。
81年、現地で発病。82年ニューヨークでガン宣告。メモリアル病院で治療。82年帰国、東京豊島区の一心病院に入院。84年同病院で双子出産。88年再度シエラレオネに渡る。90年帰国。現在ジャパンウェルネス研究会代表。ファミリーカウンセラー。

推薦者:
ホリスティックメディカルクリニック院長 天林常雄
世界連邦世界協会(38カ国参加)名誉会長 故湯川秀樹博士夫人 湯川スミ

はじめに
(略)この本は、拙著『神様、産ませて!』(講談社刊)を書き改めたものです。(略)
1991年(平成3年)12月6日 長友明美

第1章 アフリカで発病
(略)
この道をいこうかどうか迷っていた、50歳近いバンコレさんには13歳の娘さんが一人いて、男手一つで育てていました。
もし彼が教会に献身するならば、その娘と別れなければならないのです。実際、彼は娘を親戚にあずけてきたのです。献身は出家のようなものです。
彼は何の持ち物もなく裸同然でしたが「これが、わたしの全財産です」と言って60レオン(約1万2千円)をわたしの夫に差し出しました。以前は、子供が恐がるような顎ひげをはやしていましたが、それもきれいに剃っていました。
このほかにも、やはり米国留学をしようとしていた青年や女性たちも教会のメンバーになり、それまでは何年かかっても一人か二人という状況だったのが、わずか40日間あまりで飛躍的に発展していたのです。
また、この間に教会は、国から宗教法人世界基督教統一神霊協会として正式に認可されました。
わたしは、このような躍進ぶりを目のあたりに見ながら、妊娠中のあの祈りが、神様に受け入れられたのだ、そして、あの突然の雨はやはり祈りに対する神様の返答だったのだ、と確信することができたのです。

第3章 ガンとの総合戦がはじまる
「このガンはあなた自身がつくった!!」
(略)
一心病院でわたしの面倒を見てくださったのは天林常雄(主治医)、林田繁(総合科)、中川美智子(内科)、田淵徹(産婦人科)の四人の先生でした。
(略)

ガンになった理由を作文に書いてください
「どうしてあなたがガンにならなければならなかったのか、よく考えてみてください。そしてリポートを書いてみてください」
こうして天林先生の精神療法がはじまったのです。(略)

あとがき
(略)
わたしの兄弟姉妹たちよ、人類一家族世界(地球村)の理想実現のために頑張って欲しい。
闘病中から今日まで、わたしが一貫して追及してきたテーマは、文鮮明先生(統一運動の創始者)の説教集『為に生きる』(光言社)の中のつぎの一節でした。
(略)
アフリカから帰ってきても、シエラレオネ、そしてアフリカに対してなんらかの形で支援を続けていきたいと思い、夫と共にボランティア団体として、「日本・シエラレオネ友好協会」を設立することにいたしました。
向こうの青年を日本での技術研修やセミナーに招待したり、衣類、文具類や医薬品などを送ったりしながら、友好と相互理解を深めていこうという主旨です。
また、わたしは、この友好協会を支援するために、「ジャパンウェルネス研究会」という会を作りました。「ウェルネス」とは「心身共に健康であり、幸福を感じ、人生を楽しむ」という意味です。
この会を通してガン患者さんやその家族の方々に食事療法や治療法の紹介や指導、また相談を受けたりカウンセリングも行なっています。これまでに全国各地で講演させていただきましたが、これからも講演の依頼をお受けして、ガン予防のため、ガンと闘っている方のために微力ながら尽力したいと思っています。
また健康講演会のビデオも販売なども行なっております。くわしくは、左記までおハガキかお電話ください。最後に本書の出版にあたり、コスモトゥーワン社長の杉山隆氏をはじめ多くの方々のお世話になりました。心からお礼申しあげます。
ジャパンウェルネス研究会 長友明美