中川重雄(なかがわ しげお)

中川重雄 編「宝島社新書 操体道入門」(宝島社、2000年4月24日 出版)

中川重雄 著「新装版 すぐできる・ひとり操体―からだの悩みがみるみる治る!」(JICC出版局、1991年5月1日 初刷)より

1921年大阪生まれ。大阪市立境川実務学校卒業。生来の発明工夫好きで、三菱重工業に在社中には、兵庫県発明協会賞・科学技術庁長官賞などを受賞する。1968年肝臓病を食事療法・運動療法で克服して以来、各種自然療法を実践研究。1979年退職後、操体法と出会い、橋本敬三氏の紹介で運動療法研究所北田洋三氏に師事して本格的に取り組み、操体法の普及を第二の人生の生きがいにすることを決意。1981年神戸で「操体道普及友の会」を結成して現在に至る。操体道の普及指導員の養成と共に、兵庫県下の老人ホーム、老人大学などでボランティア活動を続け、豊富な実践研究を積み重ねている。操体道に「気功法」や「キネシオ・テープ療法」を応用導入し、より効果を高めるなど常に創意工夫を忘れない。著書に『すぐできる・ひとり操作』『ふれあいの・ふたり操体』(JICC出版局)がある。

中川重雄 著「すぐできる・ひとり操体―ラクに動かして痛み・こりをとる」(JICC出版局、1986年4月25日 発行)より

1921年大阪生まれ。大阪市立境川実務学校卒業。
1951年三菱重工業株式会社に入社。在職中、発明工夫の功績により、兵庫県発明協会賞、科学技術庁長官賞などを受賞する。
1968年肝臓病(脂肪肝)になったが、食事療法及び運動療法により病を克服。以後、酸塩基平衡学、自然医学などを実践研究する。
1979年同社を退職。
同年「操体道」と出会い、その素晴しさに感嘆、操体道を普及することを第2の人生の生きがいにしようと決意する。
同年橋本敬三氏の紹介で、運動療法研究所北田洋三氏に師承して操体道を学ぶ。
1981年梅本孝歯学博士を顧問に、神戸にて『操体道普及友の会』を結成し、操体道普及に協力する普及指導員の養成を始める。同時にこの年から、兵庫県下の老人ホーム、老人会などへボランティア活動を開始する。
1983年操体道に「気功法」をとり入れた操法を考案、操体の効果をより高めることに成功。
1985年9月『操体道普及友の会』は、福祉活動を通じて地域社会に貢献した功績で、兵庫県知事より『くすのき賞』を受賞。また、神戸市社会福祉協議会より表彰を受ける。