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色彩心理研究家・心理学博士。
1944年生まれ。子どものための自由表現の場「子どものアトリエ・アートランド」を30年にわたって主宰。この実践から、自由な色彩体験が人間の心を癒し、創造性を引き出すことを確認。色彩を通してのカウンセリングとアートセラピーを組み合わせた独自の方法で、子どもから高齢者まで幅広い層を対象に心のケアを行っている。
現在、カラーセラピーなどを学べる大人対象の講座「色彩学校」を東京と大阪を中心に開講。ほかにも、病院や老人ホームなどにおいて色彩効果を使ったメンタルケアに取り組み注目されている。99年、米国ホノルル大学にて心理学博士号を取得。
著書は、『答えは子どもの絵の中に』(講談社)、『チャイルド・スピリット』(河出書房新社)、『色彩学校へようこそ』(晶文社)、『色彩楽シリーズ』(日本ヴォーグ社)、『自分を活かす色、癒す色』(東洋経済新報社)、『色彩心理の世界』(PHP研究所)など多数。
お問い合わせ先:(株)ハート&カラー
ホームページ http://www1.sphere.ne.jp/handc
1944年生まれ。画家の父親の影響で幼時期より油絵を始め、美術活動を続ける。傍ら色彩論に取り組み、色彩のもつ心理的効果について研究する。
子どもの自由表現の場、「子どものアトリエ」を30年にわたって主宰。現在、東京と大阪で開かれ、子どもの能力育成に成果を上げている。また、大人のための講座「色彩学校」では独自の色彩レッスンを行なっている。テレビドラマの色彩演出をはじめ、子供服のカラーデザイン、医療現場や高齢者施設における色彩セラピーなど、色彩効果を活かした試みも注目されている。
著書に、『色彩自由自在』、『青の時代へ』、『色彩学校へようこそ』(江崎泰子共著)、『色彩楽』シリーズ(絵・沢田としき他)、CD−ROM『カラー&インスピレーション』ほか多数。
連絡先─「色彩学校・子どものアトリエ」(株)ハート&カラー内
色彩心理研究家・色彩学校代表。
1944年、東京生まれ。
独自の「ハート&カラー・システム」によるワーク・ショップやレッスンを行うかたわら、テレビドラマやイベントの色彩演出など色彩心理に関わる幅広い活動を展開。主宰する「子どものアトリエ」は、25年間つづいている。
'88年、色と心をテーマにした事務所「HEART & COLOR. Co,」を設立、'89年には「色彩学校」を開校。
カラーヒーリングをはじめ、コミュニケーション論、人類学などさまざまな角度から、色彩と文化を読みといた執筆物も多数。
主な著書に、
『色彩自由自在』(晶文社)
『絵と子育ての相談室』(雄鶏社)など。
1944年東京生まれ。絵やパフォーマンス、記録映画などの美術活動のかたわら色彩研究を始める。「日本児童画研究会」での研究活動を経て、現在「ハート&カラー研究室」及び「子どものアトリエ」を主宰。独自の色彩ワークショップやカウンセリングを行なっている。また日本で初めて、テレビドラマの心理描写に合わせたカラーコーディネイトを試みるなど、色彩文化に広く関った活動を展開。
著書─『生きのびるためのコミューン』(三一書房)、『絵と子育ての相談室』(雄鶏社)、『体発、宇宙へ・子どものからだから見えるもの』(共著、梨の木舎)、『子供!』『家族?』(共編、晶文社)ほか。
1944年生まれ。60年代より絵画、映像、ハプニング・アートなど美術活動の傍ら、色彩心理の創案者浅利篤氏の日本児童画研究会に参加。絵による心理研究やセラピーにとりくむ。現在、色彩心理研究室を主宰。色彩講座や子供のアトリエを開設。著書に『生きのびるためのコミューン』(三一書房)、『いのちのレポート1980』(プラサード出版)ほか。
昭和19年、東京生まれの長崎育ち。
高卒後上京、豊島芸術研究所を経て、美術集団「視覚」、アングラ結社「告陰」を結成し、反戦闘争の記録映画など製作。'69年アングラ派が結集した反万博闘争でワイセツ罪逮捕。'70年以降、地下新聞PEAK誌発行、街頭ロック、砂川反戦ロック祭、若者の生活革命フリー(無料)セミなどの企画運営。一方、自宅では子供を中心とするフリー・スクールを開設、子供や母親を相手に児童画による心理相談を仕事としている。一児あり。
アサリ式色彩心理の診断士。
著書「長髪世代の証言・ウルトリップ」(大陸書房)
ビオ(生命)エコロジーへの扉
働き中毒症に玄米を
ある日、ぼくの部屋に一人の青年がヒョッコリと訪ねてきた。(略)
「いま、食養道を実践してるんですよ」と彼は喋り出した。見ると着ている青いデニムのシャツの背中にはカッコよく「ZEN MACROBIOTICS」と描かれている。“ゼン・マクロビオティックス”食は命なりという考えにたって、玄米を中心とする正食法により自然や宇宙との一体感に至る方法とでも理解したらよいだろうか。ジョージ・オーサワが世界をまわって指導したこの原理は日本よりもアメリカやヨーロッパで実は根をはっている。
その彼はさわやかな自然な笑顔を絶やさないでぼくに語ってくれた。
「玄米食に切りかえてからぼくはまったく世界が違ってみえたんだ。大学に通っていたんだけどやっぱりつまんなくてやめてしまった。それ以来、玄米食を続ければ続けるほどぼくは別人になってしまった。とにかく毎日が楽しく、生きていることがうれしくてしようがないんだ。体の内側から、本当にエネルギーが沸き出していろいろのことに興味がでてくる。こんなことは、以前にはありえなかった。だいたい生きてて疲れないんですよ!」
喋りつづける彼の態度は恍惚だった。ぼくはうれしくてただ聞いていた。
(略)
色彩診断
その驚きに応えるようにして島木律氏はある一冊の本を勧めてくれた。それは児童画の研究に関する書物で、ぼくはその夜興奮の渦にたたきこまれながら二百ページを一気に完読した憶えがある。それは心を激しくローリングし、脳細胞にはりついていたベールをはぎとるほどの迫力だった。
その本というのが浅利篤著の『児童画と家庭』で黄色いカバーの単行本だ。
(略)
発見者との奇遇
最初の浅利氏の著書を読んでいた頃だろうか、ぼくは偶然の機会で浅利氏自身と会うことになる。それは本当にビックリするような初対面だった。
(略)
「君は末永胤生クンの息子かね、本当に」とたずねられて、ぼくが「そうですが」と答えると、相手は「ウーン、そうか」とビックリしたような表情である。
(略)
その後、ぼくが浅利氏をリーダーとする「日本児童画研究会」の末端に加わり、多くの子供たちのいきいきとした創造力に刺激されながら活動に参加したことはいうまでもない。
(略)
昭和19年生。アンダーグラウンドの爆発以来、日本イッピーの誕生でもあった「万博破壊共闘派」事件、さらに、70年の「PEAK」創刊、S・F・ROCK、砂川反戦ロックと続くフリーク・カルチャーの創造など、文化革命のラジカリズムにその力を発揮している。またアサリ色彩心理学の診断士でもあり、自宅では心理相談所を開設、世代を超えて「生活の革命」を提唱、実践している。ひきつづき年内には新しい本「HEAD REVOLUTION」を出版の予定。
☆編集スタッフ
末永蒼生
中村政治
三倉律
(クリエイター集団 SAMPLE)
兵藤桂子
☆カメラ
平田実
加藤功
永島浩二
原栄三郎
北出トンボ
小合えみ子
ジンジャー・中村
☆参加・協力
平田実 写真 東京
石丸忍(カントリー) イラスト 〃
石丸八月 〃 〃
伊佐治秀元 〃 〃
武谷明 メッセージ 〃
武谷光 イラスト 〃
加藤好弘(ゼロ次元) メッセージ 〃
岩田信市(ランニング・アート) メッセージ 名古屋
金坂健二 レポート 在アメリカ
ダン(万歳党) メッセージ 東京
小山哲男(ビタミン・アート) 〃
菅原秀(ニュー・ヴァーブ) メッセージ 山形
池田正一(円劇場) メッセージ 東京
三原四郎(演劇集団・日本) レポート 〃
神宮正美(ショート・ピース) 〃
奥野卓司(ジ・アザーカレッジ) 京都
水町幸郎(ペーパーランド社) イラスト 東京
石橋初子(はつ工房) 〃
平島康誠(情報センター・黒使) 〃
高瀬ツネ 北海道レポート 〃
LOVE & PEATER(ハレンチ学園) レポート 〃
奥山勝己(餓鬼宣言) 横浜
橋本和義(フリー・タウン) 京都
末永朱胤 イラスト 東京
松田有利子(ボルプタス) 鎌倉
岸本衛男 東京
バーズ・パーティー 〃
ジプシー・ハウス 北海道
サンプル 東京
ジャパン・フィルム・メーカーズ・コープ 〃
情報センター・模索舎(ミニコミ) 〃
「編集」と「誕生」のあとがき
この本を創る二カ月の間、それは共同体でもあった。多くの人間が新しい情報や生活をもってやって来た。みんなで生活することが同時に本の編集にもなったのである。一番すばらしかったことは、中村政治とマヤの間に男児が生まれたことだった。マヤは、練馬のアパートの一室でたった一人で陣痛もなくお産をした。ビックリした隣室の住人が救急車を呼び、かけつけた看護婦たちがオロオロする中で、マヤは堂々とあとの処理をした。このすばらしいイヴェントは崩壊する近代物質文明とこれから始る時代の差をはっきりとてらし出した。薬や医者の医療システムに依存しなければ安心できないような仕事や生活をしている人々と、自分の興味や生理的な欲求を素直に表現して自立した新しい生活を創造している長髪人間たちとのどちらが、本当に健康で解放されているかをみごとに示しているのではないだろうか!?
(略)