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佐本進(さもと すすむ)

佐本進 著「天の劇場から」(風来舎、1991年10月1日 第1刷)より

1936年(昭和11)神戸市に生まれる。県立兵庫高校を経て、1962年(昭和37)大阪歯科大学卒業、同年神戸医大(現神戸大医学部)入局。1970年(昭和45)神戸市兵庫区で開業のあと、1972年に三宮に関西初の小児歯科専門医院を開いた。脳障害児治療の開拓者グレン・ドーマン博士の主宰する人間能力開発研究所のジャパンオフィス理事としても活動、同時に、1983年(昭和58)自宅の庭に百人収容の小劇場シアター・ポシェットを開館し、地域文化の活性化にも尽力した。1990年(平成2)2月28日、患者の男児が治療中に急死したことから、「死んでおわびする」との遺書を残して自殺。献身的な生き方を襲ったその思いがけなくも大きな悲劇は、人びとの間に深いショックと同情の波紋をひろげた。

二十坪のかけ橋 初出 掲載誌不詳
(略)
落馬した元騎手福永洋一さんは現在アメリカのドーマン博士の下で指導を受けてリハビリに励んでいることは、テレビで多くの方々の知るところである。ドーマン博士の研究所は組織としては世界最大で、日本からもすでに延べ数百人の子どもが訓練を受けてきた。私自身、研究所の関係者として、ここ十年、アメリカやブラジルへ行ったり来たりの生活がつづいてきた。
ところが、日本の障害児がアメリカでの指導を受けたいと希望したとしても最大の問題点は、システムとして研究所に直接コンタクト(手紙や電話)する以外、方法がなく、多くの親たちがこの十年、非常な不便をかこってきた。
こんな窮状をかこっている子どもたちに少しでも役立てばと、やっとこの一月(1986年)に、神戸に研究所のジャパンオフィスをスタートさせる運びとなった。研究所の財政もギリギリの赤字で、一ドルの援助もないが皆が喜んで期待した船出である。
(略)

わが心のシノプシス 十年の歩みをふり返って 初出 『雪』1989年1月
(略)
その上、ぼくはこの十年、明確な記憶にないずっと以前から、ぼくの心は、いわれなく、ひたむきに「弱きもの」に対して魅せられつづけてきたようである。弱者に対する、たとえようのない共感、愛着心、親近感。それは、多分にぼくの理念でなく、思想や信条でもなく、おそらくは、拭い去ることができないぼく自身の体臭のしからしめる所以なのかもしれない。多分に強者になりえないという、自分自身の実感と、虚構や覇者を排すべきであるとする明確な自覚は、今なお、ぼくを暖めつづける体温そのものであり、かつていささかの苦渋と挫折に色どられた春の日の体感に由来する陰影が、今日、なお執拗にぼく自身をドン=キホーテさながらに理由なく困難な状況へと立ち向かわせているようである。
(略)