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佐藤直彦(さとう なおひこ)

佐藤直彦 編、宮崎隆典 著「ステビアパワー革命―農が変わる・食が変わる」(ダイヤモンド社、2000年9月14日 初版)より

JBBステビア研究所代表

ステビアが農と食を変える!
◎ステビアパワー七つの効能
(1)農業―果実・野菜・米などの味覚を高め、収量を増やす。
(2)畜産―病気を予防し、肉質・乳質をよくする。
(3)水産―魚を健康に成長させ、抗生物質が不要となる。
(4)森林―樹木の根の張りをよくし、病気や虫害から守る。
(5)環境―ダイオキシンを分解し、森・川・たんぼ・湖沼・海の生態系を守る。
(6)医薬品―エイズウイルスやO157の殺菌力があるとの実験データがある。
(7)美容―肌の老化防止、健康志向に貢献する。

佐藤直彦 著、竹内昌昭 監修「日本食糧革命―食生活と健康を救うステビア」(プレジデント社、2000年8月28日 第1刷)より

1943年、台湾生まれ。気仙沼水産高校卒業後、上京し、経営経理学校・商業デザイン学校に学ぶ。会社勤務の後、独立し、企業経営のかたわら、驚異の有用植物ステビアと運命的な出合いをとげる。現在、JBB免疫植物研究所・同ステビア研究所所長。ステビア研究の日本における代表的先駆者。著書に『ステビア草の神秘』(青春出版社)など。

本書で研究成果が公開された「ステビア資料」および「ステビア濃縮エキス」等について、さらに詳しくお知りになりたい方は、下記までお問い合せください。
JBB東京ステビア研究会
http://www.ikse.co.jp/stevia/

監修のことば
(略)
著者の佐藤直彦氏との出会いは、もう10年近く前になる。当時、私が主宰していた東北大学農学部水産化学研究室で、当研究室の佐藤実助教授(当時)の紹介でお会いしたのが最初であった。それ以来たびたび来訪され、氏のステビアにかける並々ならぬ情熱を肌で感じ、やがて研究室で取り上げてみるに至った。
数次の実験を経て、ステビア濃縮エキスには生体の内外において活性酸素消去作用のあることや、魚類の低酸素耐性の向上作用、さらにはヒスタミンの解毒作用のあることなどが科学的に証明された。しかし、その作用機作などについては、なお解明しなければならないものもある。
(略)
2000年7月
元東北大学教授・農学博士 竹内昌昭

エピローグ “ステビア博士”の神秘体験
《268〜273ページ》
ここで簡単に私自身のプロフィールを紹介する。
私は昭和18年1月3日、台湾の宜蘭市で生まれた。父は台湾総督府高官だった。終戦を迎え、混乱の中、故郷である宮城県の登米郡に引き揚げたのは昭和24年、6歳のときである。ところが帰国してまもなく父が脳溢血で倒れ、他界してしまった。一家はたちまち奈落の底にたたき落とされたのはいうまでもない。(略)
残された母親の細腕で、七人の子供を養うのは大変である。母は一家心中を何度も考えたという。そのため私は、父親のふるさとに近い気仙沼の半農半漁の佐藤家に里子に出されることになった。
(略)
高校三年の時、夏休み、冬休みを利用し、東京の築地で水産加工製造の見習いもした。そのおかげで高校卒業後、気仙沼で水産加工食品の製造と卸売り会社、「ひょうたん島食品」の旗揚げをすることができた。当時、人気番組だったNHKテレビの人形劇「ひょっこりひょうたん島」にあやかったのである。
売上げも順調に伸びた。そんなある日、荷を満載したトラックが運転ミスで崖から転落するという大事故を起こしてしまったのである。重軽傷者が出ると同時に、積荷は全部ダメ。新鮮さが命の高級魚介類も売り物にならなくなり、その補償でそれまで稼いだお金をすべて吐き出す羽目になった。“事業家”として最初の挫折である。私にとって生涯忘れることのできない熱いお灸になった。
一からの出直しを誓い上京し、経営経理学校、商業デザイン学校に学ぶことにした。その後、土木建設業界に入り、大型特殊免許やクレーン運転士免許を取り、作業員宿舎に泊まり込みながら、昼も夜も働き続けた。(略)
お金もだいぶたまった頃、急いで軍資金を増やそうと、一攫千金を夢みて、株に手を出した。株屋の口車に乗せられ、三年間不眠不休で働いたお金で株を買った。しかし思惑が大きくはずれ、結果は、“スッカラカンの無一文”。またもや大失敗をしてしまった。人生二度目の挫折である。
(略)東京小金井市の建設会社に紹介してくれた。幸い、すぐに入社が決まり勤めることになった。
出社して、社長と常務と営業部長の三人しかいない会社だとわかった。入社三日目に突然、経験のない私に明日から現場監督をやれという。(略)
その結果、私が入社してからわずか三年でこの会社は、東京三多摩地区でもトップクラスの建設会社に急成長した。ところが、急拡大した無理がたたり、当時で7800万円という大きな負債を抱え倒産してしまったのである。夢と期待で勤めた会社の倒産である。またもや挫折を味わった。
(略)それから二年間、無報酬で働き続けることになった。そして、見事その会社を再建させることができたのである。

「虫も殺さない社長」のひと言が
会社再建が成ったところで私は独立した。独立後、最初に始めたのは住宅リフォームの仕事である。この仕事を進めるうち、住宅のシロアリ被害がかなりあることを知り、シロアリ防除業をやることになった。そこで開業に当たり、私はある作戦を実行することにした。「工事代金の分割支払制度の導入」と「白アリ無料点検」の二つである。それをPR用折込みチラシにして、三多摩地区の全新聞に入れたのである。このアイデアが当たって、会社は順風満帆、発展に次ぐ発展を遂げた。

《274〜275ページ》
2 驚異のステビアに魅せられて
ボート事故でムチウチ―脳障害後遺症からの脱出
(略)
またオレは運から見放されてしまった、と気持ちが暗くなる毎日だったが、ある日私は痛みをおして出張した。ところがその日にかぎり我慢できない身体の痛みに襲われ、急遽、知人に福島市にある接骨院の先生を紹介してもらった。そこで治療を受けたときに知ったのがステビアの情報だったのである。

《278ページ》
私の考えも次第に変わり、「動物にこんなにいいのなら、人間の身体にも良いかもしれない。よし、自分が実験台になってステビアを飲もう」
その頃の私は、相変わらず脳障害の後遺症とみられる激しい頭痛に悩まされていたので、自分の治療にもいいのではないかと、トライすることにしたのだ。するとどうだろう。数週間ほどで、私のガンコな頭痛が治ったのだ。まさに“奇跡”である。

《280ページ》
そして、そんな私の魂を常に揺り動かし、どこかで励ましてくださったのが、元佐賀・鍋島藩主の末えい、故・鍋島康麿先生(医学博士)である。
(略)
私の母方の先祖である瀬戸氏は、旧伊達藩譜代の家臣であることが、系図によって知ることができる。

刊行によせて
福島県立医科大学医学部助教授 高橋和郎

佐藤直彦 著、アドバイザー 鶴純明「ステビア草〈免疫草〉の神秘―これが注目の抗酸化食!」(青春出版社、1999年6月5日 第1刷)より

1943年、台湾生まれ。気仙沼水産高校卒業後、上京し、経営経理学校・商業デザイン学校に学ぶ。会社勤務の後、独立し、企業経営のかたわら、驚異の有用植物ステビアと運命的な出会いをとげる。現在、JBB免疫植物研究所・同ステビア研究所所長。ステビア研究の日本における代表的先駆者。本書はその13年を超える執念の研究の集大成である。
(略)
研究者の一人である小生には、まだ科学的データのそろっていない部分から明日の研究テーマが拾えそうな気がする著書と考える。
平成11年5月
東北大学農学部教授
佐藤実

〈参考文献〉
●単行本類
『脳卒中・マヒからの生還』(廣海輝明=ダイセイコー出版)
『体内革命』(同右=古川書房)
『一週間でバイクに乗れた脳梗塞患者』(同右=現代書林)
『健康のメカニズム』(織田啓成=東京経済)
『すべての存在へ』(渋谷直樹=総合法令)
『4Q学入門』(神津健一=冬青社)
『決定版! 九〇歳まで現役』(同右=ぶんぶん書房)
『πウォーターと生きる』(黒田將嗣=ケンズ・ナショナル出版)
『飲んで治す「高血圧」の特効食』(板倉弘重=青春出版社)
『成人病(生活習慣病)に効く特効食』(宮尾興平=同右)
『決定版! 肝臓病なんてコワくない』(林紀誉子=ダイセイコー出版)
『家庭医学事典』(三省堂)
『農業総覧』(95年版)
『植物エキスで防ぐ病気と害虫 つくり方と使い方』(農文協編)