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【昭和18年】千葉県市川市に父・戸嶋喜久雄、母・用江(ちかえ)の三男として生まれる。
【昭和25年】(7歳)市川市立中山小学校入学。
【昭和31年】(13歳)市川市立第四中学校入学。母とともに、近隣の霊媒師をしばしば訪れる。
【昭和33年】(15歳)船員に憧れ、水産高校を受験するが不合格。
【昭和34年】(16歳)私立第一商業高校入学。
【昭和35年】(17歳)高校時代は硬派で通し、ケンカに明け暮れる毎日を送る。
【昭和36年】(18歳)同校卒業。大手印刷会社に就職。
【昭和39年】(21歳)自動車学校指導員免許を取得し、印刷会社を退職。自動車学校教官となる。
【昭和41年】(23歳)関節に痛みを感じるように。
【昭和42年】(24歳)朝起きると、突然左眼に痛みが走り、視力が急激に減退。ベーチェット病と診断される。入退院を繰り返す。
【昭和43年】(25歳)しばしば鍼灸・マッサージに通うが改善せず。
【昭和44年】(26歳)自動車学校退職。脈拍を計って鍼を打つ療法や「一気」という気合い術のような治療を受ける。この年、左眼を手術するが失敗、失明。また、右眼にも症状が出はじめる。このころから、火断ちをはじめる。
【昭和45年】(27歳)火断ちの他に、呼吸法など、修行を中心とした毎日を送る。
【昭和46年】(28歳)『奇跡を呼ぶ男』という本を書いた住職の元で、「次元術」という気合い術をはじめる。修行を終える。
【昭和47年】(29歳)東京都品川区に転居。叔母が経営する画廊の手伝いをする。3月31日、父・喜久雄死去。享年71歳。
【昭和50年】(32歳)バレエ留学中の妹に会いに、パリ旅行をする。
【昭和52年】(34歳)脊髄炎を患っていた西舘実差(にしだてみさ)と知り合う。2人で鍼、灸へ通う一方、気功治療を受ける。2人は気功を「お手当」と呼んでいた。
【昭和53年】(35歳)霊媒師の山口つる師と知り合う。才能を買われ、弟子となるように勧められるが断る。
【昭和54年】(36歳)西舘実差と同居を始める。
【昭和55年】(37歳)催眠術や超能力に凝るようになり、いつもスプーンやコインを持ち歩いていた。
【昭和56年】(38歳)ある日、両手が自然と動くようになり、手から気を発しだす。このころは、母と実差を相手に、身体に直接手を触れて気を入れていた。
盲腸が破裂し腹膜炎になる。医者からは人工肛門になると宣告されたが、自分で手を当てて治してしまう。
【昭和57年】(39歳)口コミで、友人・知人が気功を受けに来るようになる。
【昭和58年】(40歳)自宅で、自分の気がどの程度力を持っているものなのか、研究を始める。同時に、人も訪れるようになる。また、だんだんと人の身体に直接触れなくても気を注入できるようになる。
【昭和59年】(41歳)さまざまな病人、ケガ人と知り合ううち、何とかして助けたいという気持ちになり、一生懸命に手を繰り出す。
【昭和60年】(42歳)気を受けた相手の身体が自然に動くようになる。「自発功」の始まりに、戸嶋自身がもっとも驚く。
【昭和61年】(43歳)口コミで病人が集まるようになる。
【昭和63年】(45歳)大井町の自宅にベッド2つを用意し、正式に気功治療を開始。
【平成1年】(46歳)自分の頭皮に毛髪を生やす。9月、右眼の手術を行う(白内障)。手術前日、「治らなかったら病院の屋上から飛び降りる」と実差夫人に言い残しての覚悟の手術だった。手術は成功する。
【平成2年】(47歳)『週刊宝石』5/24号、6/14号、8/2号に特集企画として取り上げられる。テレビ朝日の「ホットライン110番」に生出演(8月9日)。全日本気功連合会入会。
【平成3年】(48歳)『デイリースポーツ』7/26号、『週刊現代』10/19号に記事掲載。テレビ朝日の「トゥナイト」に、若ハゲを救う企画で出演。同じくテレビ朝日の「いま時あの時」(今、あなたの髪が危ない)に出演。TBS「3時に会いましょう」に出演。
【平成4年】(49歳)信養寺の住職と知り合い、感銘を受ける。戸嶋気功研究所設立。北海道に出張治療に行き、十数人一斉に気を送る。
『ケイコとマナブ』3月号、『アサヒ芸能』10/1号、『プレイボーイ』12月号に記事掲載。
【平成5年】(50歳)1月20日、テレビ朝日「今すぐできる家庭の健康法」に出演。および同局「水曜特バン」“動物ドキュメント”で、動物園のトラの骨折を治す。東洋エステ協会で気に関する講演。3月3日、西舘実差と入籍。全日本気功連合会退会。
【平成6年】(51歳)テレビ朝日「興味しんしん丸」で、木下サーカスのゾウ、ラクダに気を送る(5月9日)。宮崎県で集団治療、40人一斉に気を送ることに成功(旭化成陸上部)。母・用江死去。享年85歳。
【平成7年】(52歳)延岡に出張治療に行く(旭化成陸上部)。
【平成8年】(53歳)「世界のビックリ人間」に出演。世界各国に放映される。一時、体調を壊したため、神奈川県湯河原のセカンドハウスにたびたび通って日光浴に精を出す。
【平成9年】(54歳)湯河原へ通うことで、かえって疲れたため、日光浴を断念。
【平成10年】(55歳)5月、現在の場所(品川区)に戸嶋気功研究所を移転。フジテレビの「アンビリーバボー」に出演(9/12、10/15の2回)。テレビ局に問い合わせの電話が殺到するなど、大反響を引き起こす。実差夫人、銀座の画廊でパステル画の個展を開く。
【平成11年】(56歳)科学技術庁医学総合研究所より、気に関して調べさせてほしいと申し出を受ける。
【平成12年】フジテレビ系「アンビリーバボー」に再び出演(3月16日)。