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傳田文夫

傳田文夫 著「日本人はクラシック音楽をどう把握するか!―音楽は何語?」(芸術現代社、1997年2月25日 第4版)より

プロフィール
1947年 東京生まれ。
1973年 国立音楽大学卒業(器楽科クラリネット専攻、大橋幸夫氏に師事)
1982〜86年指揮法を黒岩英臣氏に師事。
1974年より洗足学園大学音楽学部器楽科クラリネット講師。

☆☆☆
1978年より 横浜クラリネットアンサンブル(9種類のクラリネットアンサンブル)を結成、指導、指揮にあたる。
1981 山梨市文化会館に招かれ、“クラリネットと室内楽の夕”を開催、好評を得る。
1982-84 パリ国立管弦楽団主席クラリネット奏者、ギ、ダンカン氏の公開講座を担当、同氏と共演。同神奈川県民ホール。
1984より 「クラリネットの為の室内楽」と題して計8回演奏会を開催。
1985-86 音楽教室など、オーケストラ、オペラを指揮。
1985より 横浜市大倉山記念館主催行事、春、秋の芸術祭、水曜コンサート「子供の日」「クリスマス」に独奏、室内楽、クラリネットアンサンブルで毎年数回出演。
1986 プリマベーラ室内アンサンブルを結成、活動。
1989-92 アカデモス音楽工房を結成(20名の室内アンサンブル)後にアンサンブル、ベルフィーと改名、演奏、指揮、指導にあたる。
1987より 北八ヶ岳白駒池ほとり、(青苔荘)原生林に囲まれた山小屋で秋冬、一風変わった室内楽の演奏会も恒例になっている。今年8年目、13回を迎える。

☆吹奏楽指導☆
1976 県立厚木高校吹奏楽部を指導、全国コンクールに出場(2回)金賞受賞。同校アンサンブルにて県代表、銀賞受賞。
1980 山梨県甲府南西中学校吹奏楽部(玄間 博 教諭)を指導。1ヶ月後県代表。一年後全国コンクールに導く。銀賞受賞。
1993 山梨県城南中学校吹奏楽部を5回指導し、県代表。
その他現在まで各地の吹奏楽の指導5、6回というきわめて短期間に実力を発揮させるなど、その効果を確かめ、現在ではより確実なものになっている。
また弦楽器においては管楽器以上の大きな効果を上げ、その即効性が確かめられている。

☆研究、著作☆
1980 “リードの調整”を編纂。500部自費出版。
1989 日本音響学会に「音楽の現象」─リズムと呼吸の関わり─と題し、心理、生理、言語学的見地から分析した新たな演奏法を発表。資料番号、MA89-2
1989.9 KJ法交流会にて資料3000枚を発表。
87〜92 「音楽の妙薬」「音楽の読み薬」「音楽は何語」と題し、合計6回論文にまとめ発表。
その後、音楽と言語の関わりについて各地で講演。
1990 クラリネットとサキソフォンのための「シングルリード調整法」芸術現代社
日本リズム協会理事、日本音響学会、日本クラリネット協会会員。

表紙・挿絵 岩倉節
1930年、函館生まれ・武蔵野美術大学卒。
青森、神奈川、東京で教職につきながら制作活動を続け、退職後、本格的な活動に入った。現在、消えゆく運命にある各地の民話を題材に絵を描き続けている。表情豊かな独特の作風に絵が語る世界は広がり、愛好者もたいへん多く、評価を獲得している。この絵は多摩の民話を題材に描いたものの中の一枚である。

表紙・妖僧仁忍坊(にんにんぼう)(多摩地方)
昔、あるところに怪しげな坊主がいて、妖術を使っては村人を困らせていた。ある村に可愛い女の子が居たが重い病気にかかってしまった。母親は困って村の鎮守へ願かけにいったところ、大きな杉の上にいたこの坊主が「その願い叶えてやろう」と妖術を使った…。

傳田聴覚システム研究所HP内のページより

日本文化振興会より「聴覚システムを評価され」国際アカデミー賞受賞の内定のご案内がありました。
(略)しかし現在医学的データ、また展開に苦慮している時期でもあり、振興会の表彰を受けるには時期そうしょうと考え、丁重にご辞退させて頂きました。
(略)
所長 傳田文夫

フナイ・オープン・ワールド ワークショップ(2001年9月9日)より

14:30〜15:15 [展示会場内特設会場]
聴覚開発専用機及びマジックリスニングの開発経緯
〜強制的音楽療法〜
傳田文夫
(株)傳田聴覚システム研究所 所長