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『新しいパラダイムにおける創造的教育』
ハワイ州立大学 名誉教授 吉川宗男博士
●プロフィール
吉川宗男(ムネオ・ジェイ・ヨシカワ)
1938年、東京生まれ、米国籍。18歳でアメリカへ留学。カリフォルニア、オレゴンなどに5年間在住後、日本への帰国途中に立ち寄ったハワイに魅せられ、以来35年にわたりハワイに住む。現在はハワイ州立大学名誉教授、コミュニケーション関係論を通じて多国籍企業の人材育成コンサルタントなど国際的に活躍している。アルバート・シュバイツァー賞を受賞、世界的に注目されている。
<現役職>
ハワイ州立大学 名誉教授
グローバル・ピース・ユニバーシティ オランダ本部 日本校 理事長
アークアクセス委員会 常任理事
G.P.U環境文化財団(ハワイ) 理事長
株式会社環境エネルギー研究所 代表取締役社長
株式会社イー・ティーアイ(Eco Technology Incubator) 会長
1938年生まれ リンフィルド大学、ハワイ大学卒(博士号取得)
1981〜82年 東京大学/京都大学客員研究員 現在、ハワイ大学准教授(専門;異文化コミュニケーション、比較文化論、日米関係論)
著書 Japanese Language and Culture for Business and Travel. ほか学術論文多数
まえがき
本書の出版にあたり、永年の友人である行廣泰三氏との東京での打ち合わせをすませ、今、ハワイに向かう機上で、はからずも日本とアメリカとの相互コミュニケーション形態のあり方を描く「ダブル・スウィング・セオリー」をテーマとしたこのまえがきを書いている。
(略)
哲学的考察に加え、日本とアメリカにおける歴史的事実を絡ませ異極から異極へと交わってゆく過程を表す「ダブル・スウィング・セオリー」によって、両国間の文化的出会いの可能性を解きあかしてゆく私の論文“The Dialogical Approach to Japanese-American Intercultural Encounter.”が今こうして行廣氏との共同執筆作業により形を変え、ふるさと日本での発刊となったことは至上の喜こびである。(略)
私の論文作成にあたり、陰からの応援を続けてくれた我が友、宇田川紀通氏と、愛する妻への感謝をこめて。
1989年2月 吉川宗男
《173ページの図より》
ダブル・スウィング理論の確立
<一重振り子モデル>
・一定の幅の同一軌跡上の運動
↓
自己変革が行なわれない
↓
自己発見がない
<二重振り子モデル>
・うねりをともなった相互作用の循環運動
↓
人はステージI〜IIIを通り抜けることの永久的な繰り返しによって、完全な人間となる
「人」となること─→完全な人間となるためのダブル・スウィング・モデル
ステージI ステージII ステージIII
↑(知性)→ (感性) →(完全な人間 自己発見)
│ 和解・調停 自由・創造 │
│ ↓ ↓ ↓
│ 自然への復帰 死と再生 │
↑ 社会的地位の放棄 自己を放棄する │
└────←────────←────┘
あとがき
(略)
吉川氏は、高校卒業と同時にアメリカに留学する。かれこれ32年前のことである。日本人誰一人いないオレゴン州のある大学で、第二の人生を歩み始めることになるのであったが、日本人的心情とアメリカ人的心情との二極を併せ持つ、まさに生きた異文化交流の経験であったことが想像される。このような二極を行き来することの経験から、メビュースの環によって象徴される「和して同せず」的ダブル・スウィング・セオリーが誕生してゆくのであった。(略)
ユダヤ教の長い伝統を受け継ぐ Martin Buber の、愛と信頼に基づく「我─汝」の関係を表わす対話的思想の原理を基盤とした、ダブル・スウィング・モデルの確立に裏づけられた本書の目的とするところは、人と人、国と国との間に交わされるコミュニケーションを、真の理解へと導くための手段の提供だけにとどまらず、人間存在のダイナミックなすばらしさを、歴史的繰り返しの二極性の中から、再度見つめ直す機会を提供することにもある。
(略)
1989年1月 行廣泰三
ハワイ大学哲学部準教授 哲学博士
昭和13年、東京生まれ。高校生のとき渡米し、アメリカの大学に学ぶ。東洋と西洋の融合、接点づけを研究、現在に至る。
2.資質の見抜き方と伸ばし方
(2)天性の発見こそ教育の第一歩
オオカミ少女物語の行き過ぎ
(略)
このオオカミ少女の話は、後天的教育や環境がいかに大切であるかを強調するときに、よく教育関係者が持ち出す実例です。確かにこのエピソードは、人間の女の子として生まれながら環境によってオオカミのような生き方を後天的にさせられてしまう具体例であり、後からの養育でその環境に適した成長の仕方を示す見本といえます。けれども、後天的教育や環境の重要性を強調するあまり、特定の素質などないとか、能力は遺伝ではない、天性なんて考える必要はないと決めつけるのは、明らかに行き過ぎといわざるを得ません。
天性は天性としてあるのです。(略)
附録
天性九つの型の表
I類は生まれ月の、II類は生まれ年の天性を表しています。九タイプの基本的な素質は110ページを参照してください。人間は2つの天性を持っており、10歳くらいまでは、8対2くらいでI類の天性を多く発揮しています。それ以降は、その比率が逆転してきます。