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第五章 鼠の花束
(略)
71年に設立されたest(エアハード・セミナーズ・トレーニング)である。
「やはり、そうだったのか。これはestだ。アウェアネス(気づき)の技法を使ってセールスマン教育で儲けたワーナー・エアハードと同じことをやっている。日本でもヒューマン・ポテンシャル・ムーブメントがここまで悪用されているとは……」
estの登場によって、ヒューマン・ポテンシャル・ムーブメントは、完全に流れを変えたと言ってよい。estは都市の中心地で、いっきょに200名以上集めるセミナーを開始したのである。そのセミナーではトイレの時間さえあたえられず、トレーナーから罵詈雑言をあびる厳しい訓練として知られていたが、あらゆるものに対して斬新な見方ができるようになった、と熱狂的な信奉者を生んでいた。
創始者のエアハードは、心理学者でもサイコ・セラピストでもなかった。高校卒業後、自動車や通信教育などのセールスに携わっており、雇用主からマズローやロジャーズの著書をすすめられ、ヒューマン・ポテンシャル・ムーブメントに興味を持ったのである。それまではナポレオン・ヒルの『考えて金持ちになれ』といった著書に感動していたが、エサレン研究所でエンカウンター・グループやゲシュタルト療法など様々なワークショップに参加し、東洋の禅からも強い影響をうけるようになった。彼は、東西の神秘思想や心理療法とセールスマン的な成功を統合させ、常に無料奉仕の信奉者をしたがえてカリスマ的な人物を演じてきた。が、その専制的なやり方に対して、彼の部下や受講者から暴行、詐欺などの訴えも絶えず、セミナー中に死亡した者もいた。
エアハードは、estを設立する前に「マインド・ダイナミックス」という自己改善訓練のインストラクターをつとめていたが、ホワイトもこのセミナーを皮きりにセールスマン教育に携わるようになったのである。(略)
SkepDic 日本語版 ワーナー・エアハード(Werner Erhard)と est